2013年3月18日月曜日

こころの形成ーことばの役割とは



内臓とこころ (河出文庫) 

三木 成夫  

 …題名と表紙を一見すると、少しとっつきにくいでしょうか(笑)
 この本は、僕が「腑に落ちることば」って何だろう?と疑問に思っていたところに、Y教授がご好意で貸してくださったものです。


 ”はらわた”というキーワードから、物事を本質的に捉えています。我々の内臓ははるか大きなもの(太陽系)と共鳴しており、それが生活に表面的なものとして現れてくるという話や、幼児がことばを発することが、こころの発達とどう関わっているかといった内容です。


 「知に働けば角が立ち、情に悼させば流される」(夏目漱石)ことなく絶妙なバランスで書かれており、その理論的かつ情あふれる内容に没頭してしまう本です。
((「内臓感覚が宇宙と共鳴する」という内容は本全体にわたるテーマなのでまとめきれません。突飛な発想だ、と思われると思いますが、気になる方は本書を。))


● こころとあたま
  ・「あたま」は判断とか行為といった世界に君臨する。
  ・「こころ」は感応とか共鳴といった心情の世界を形成する。
  ・”切れるあたま”とはいうが”切れるこころ”とはいわない。”温かいこころ”はあっても”温かいあたま”はない。
  ・一言でいえば、あたまは考えるもの、こころは感じるもの。
  ・例えば、秋の情感を表す「さわやか」という言葉は、胸から腹にかけて、なにかスーッとする内臓感覚が中心になっている。これは”こころ””はらわた”で感じるもの。


● こころの形成― 子どもの”なめ廻し”

  ・子どもは舌の感覚でもって人間の「知覚的基盤」を固めていく。
  ・6ヶ月が過ぎて首が座って手が自由になると、手当たり次第にものを舐めだす。
  ・我々がコップを見て”丸い”と感じるのは、”なめ廻し”と手での「撫で回し」の記憶が混然一体となって根強く残っているから(”距離感”に関しても同様)。 


● こころの形成― 指差し
  ・”あたま”は”こころ”で感じたものを、いわば切り取って固定する作用を持っている。子どもはこの世界を”こころ”だけで感じ取っている存在だが、この切り取りと固定の”ハシリ”ともいえるのが指差しである。


● 言葉の獲得―象徴思考
  ・子どもは満一歳半になると「コレナーニ?」「コレハ?」とひたすら聞きます。それまでぼんやりとして映らなかった世界が、にわかに色鮮やかに、眼の前に迫ってくる。その一つひとつが驚きなのでしょう。
  ・子どもがみて感じ取った世界は、何物かによって留めておかなければ、宙に浮いてしまいます。これは、幼児たちにとってはそのままやり過ごすことのできない切実な問題です。そこで幼児たちが求めるものは印象です。印象という文字はものの本質を表しているように思われる。印はハンコ、象はあの朱肉に残った文様です。幼児たちは、このかたちの持つひとつの実感を求めている。ここです。つまり、彼らの求めているのはそのようなひとつの実感ですが、ここではそれを「言葉」として求めているのです。いいかえれば肉声の織り成す、そうした文様でもって、それを実感しようとしている。要するにその名称ですね。。。その名称の持つ音声の響きに、耳をそばだてているのです。「コレナーニ」「ナ・メ・ク・ジ」(いかにもナメクジらしい響きではないでしょうか)。。。
  ・この”もの”と”なまえ”の一体化した二者一組の体得―これはあの指差しから始まっているのです。
  ・大人でも珍しいものに出くわすと、思わず「ナンダコリャ!」。要するに「言葉」を求める。「なんと申しましょうか...」というあれです。




以上、本質の”内臓”の話しを抜きにしてツラツラと記述してしましました。気張ってチャッカリまとめたかったのですが、長くなりそうなのでこの辺で。

最近、英語教育についての本ばかりつい読んでしまっていましたが、こういう本は本当に面白いです。




2013年3月10日日曜日

日本人のreceived wisdom―『日本人の英語』岩波新書



The received wisdom is that the project is doomed to end in failure.”

「そのプロジェクトについては、失敗に終るのがオチだというのが定説である。」


receiveという言葉はいろいろなイディオムに使われますが、たいてい「受ける」という意味が基盤となっています。"the received wisdom"の"receive"もそうで、「(権威のあるものとして)受け入れられた知識」、つまり「一般に正しいと認められている説や論」という意味だそうです。

もっと平凡な言い方で、"the accepted wisdom"という表現もあるそうですが、前者にほうが語感としてオシャレな感じでしょうか(論文でいつか使ってみたい表現です...)。


日本人が英語に対してもつ"received wisdom"として、著者のマーク・ピーターセンは、「実は、大体のところ、一般日本人のもつ知識はほとんど間違っていないようだ」と述べています。その上で、本書で日本人の誤った英語に関する"received wisdom"を紹介しているので、それらを紹介。



日本人の英語 (岩波新書) [新書]

マーク・ピーターセン 



日本人にとっての問題点

  ・ 日本人の英文のミスの中で、意思伝達上大きな障害と思われるものを大別し、重要なものから順(descending order of severity)に取り上げてみると、次のようになる。

1、冠詞と数の意識の問題
2、前置詞句(英語には前置詞がきわめて多く、非常に微細な区別がつけられるため、トラブルメーカーになる)
3、Tense(日本語にはtense自体がない)
4、関係代名詞
5、受動態(論文で受動態が使われすぎている)
6、論理関係を表す言葉(thereby, accordingyなど、日本と英語の感覚の違いから使い方に問題が生じる)


1、冠詞と数の意識の問題

  • "Last night, I ate a chicken in the backyard."という表現は冠詞に関する代表的な誤りである。"a(an)"の使い方に対して、日本の英文法書では「名詞にaがつくかつかないか」「名詞にaをつけるかつけないか」の問題で取り上げるのが普通であるが、これは誤解を招く言い方である。
  • しかしa(an), theといった冠詞は、その有無が一つの論理的プロセスの根幹となるもので、名詞につくアクセサリーのようなものでは決してないのである。
  • 冠詞は「意味的カテゴリー」をもち、aは「共通単位性をもつもののグループから、一つの」という意味と考えてよい。名詞がaのカテゴリーに入っているとすれば、そのカテゴリーの共通単位性が必ず存在しているはずである。逆に、aのカテゴリーに入っていない名詞には、その単位性がない理由があるはずである。



2、前置詞句

  • "by" ×The cranes were observed by binoculars. (双眼鏡観察された)なぜ誤りかというと、"by"は動作主を導くからであり ○The cranes were observed (by us) with binoculars.が正解。
  • "in"と"on"の一貫の論理→"in"は、"on"は表面。 例えば、"He build a second home on the ocean in Hayama." 別荘は、海に対して単に臨んでいるので、"on"となる。
  • ではなぜ"get in the car"に対して"get on the train"というのか。ここでも論理は一貫しており、実はこれは乗る人と乗り物との運転との意識の上での距離の問題である。つまり、airplaneやship、busに乗る場合、乗る人は一人の乗客にすぎず、運転には特に影響を及ぼさない。よって運転と自分との間のつながりが表面的であるため、"on"が使われる。
中学生のときから私が抱いていた一つの疑問が解決しました。前置詞の論理の一貫性は信頼できますね。
  • "out"は三次元関係を表し、動詞に「立体感のあるものの中から外へ」、"off"は二次元関係を表し、動詞に「あるものの表面から離れて」という意味を与える。例えば、"Clean out your desk !"(机の中をかたづけなさい。) "Clean off your desk !"(机の上をかたづけなさい。)となる。
  • "over"は回転の中心となる軸が水平で、"around"はその軸が垂直である。寝返りは"turn over"でバレエのような一回転は"turn around"である。他にも、"get over A"は「Aを飛び越える」で、"get around A"は「Aをかわす」。
イメージで捉えると前置詞ってこんなにも簡単で面白いんですね。将来生徒に伝えたいことの一つです。(前置詞、もっと勉強しないと...)



3、Tense
  • 点と線で捉えることが大切。詳しくは以下の本を(笑)


表現のための実践ロイヤル英文法 [単行本]

綿貫 陽 マーク・ピーターセン  

Tenseに限らず、英文法を非常にわかりやすく、一貫性をもった説明で紹介しています。英語教師になる身として一読はしておきたいです。




4、関係代名詞
  • より英語らしい、自然な流れをもつ英文、あるいは、著者の考えがより洗練されて聞こえる英文を書くために、関係代名詞がかなり役にたつ。その際に気をつけることは、どの語が先行詞かを明確にすること、つまり先行詞と関係代名詞が離れすぎないようにすることである。


5、受動態
  • 日本の論文には受動態が多すぎる。英米の論文の書き方を倣ってこの流れが起きているが、今は英米で受身の文を排撃する動きがある。
  • 受動態の文の中には主語をぼかして責任逃れをしている印象を与えてしまうものもある。
  • 受身の文のもうひとつのマイナス点として、主語とその述語が離れすぎてしまいやすいという問題がある。例えば"In 1952 the invention of a perceptual motion machine, which has been the dream of inventors for centuries, by a farmer in Gumma Prefecture using sake lees as a lubricant, was reported by him."(1952年に、酒かすを潤滑油として使った群馬県の農民による永久運動機械の発明が、これは何世紀にもわたって発明家たちの夢であったが、発表された。)のような、いわゆる超ひねくれ文があるが、以下のように直せばすっきりする。"In 1952 a Gumma Prefecture farmer reported his invention, using sake lees as a lubricant, of a perceptual motion machine, which has been teh dream of inventors for centuries."



6、論理関係を表す言葉
  • 日本の論文で愛されている「したがって」に関して、因果関係を示す際に誤りがある。日本人の書いた英文には"Accordingly, ..."や"Consequently, ..."が圧倒的に多く、その多くは不自然な使われ方をしている。accordinglyは"in agreement with""in conformity with"(…と一致して;…に応じて)という意味が強く、「ある状態に合わせて何かをする」場合に使う。consequentlyは「結果」や「帰結」の意味合いが強く、「ある状態の結果として、何かの状態となる」場合に使う。以下の英文はその例である。"Most of the applicants have almost no practical experience with any language other than Japanese, and consequently, it has been necessary to simplify the foreign language portion of the test accordingly."(応募者の大部分は日本語以外の言葉に対しての実地経験はほとんどないので、それだけ試験の外国語科目をやさしくする必要がでてきた。)



以上簡単なまとめでした。日本人にみられる誤りを挙げた上で、それに関係する英語使用者との意識の差や、前置詞の一貫性、それぞれの単語がもつ性質を詳しく述べながらわかりやすく説明しています。

『続日本人の英語』、『こころに届く英語』をマーク・ピーターセンが続編としてだしているので、ぜひ読んでみてください。私もまだ読んでいないので読んでみます。








もし英語の性質をもっと詳しく、一気に知りたい方はさきほど挙げた『表現のための実践ロイヤル英文法』をオススメします。