日本人のreceived wisdom―『日本人の英語』岩波新書
“The received wisdom is that the project is doomed to end in failure.”
「そのプロジェクトについては、失敗に終るのがオチだというのが定説である。」
receiveという言葉はいろいろなイディオムに使われますが、たいてい「受ける」という意味が基盤となっています。"the received wisdom"の"receive"もそうで、「(権威のあるものとして)受け入れられた知識」、つまり「一般に正しいと認められている説や論」という意味だそうです。
もっと平凡な言い方で、"the accepted wisdom"という表現もあるそうですが、前者にほうが語感としてオシャレな感じでしょうか(論文でいつか使ってみたい表現です...)。
日本人が英語に対してもつ"received wisdom"として、著者のマーク・ピーターセンは、「実は、大体のところ、一般日本人のもつ知識はほとんど間違っていないようだ」と述べています。その上で、本書で日本人の誤った英語に関する"received wisdom"を紹介しているので、それらを紹介。
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日本人の英語 (岩波新書) [新書]マーク・ピーターセン(著) |
日本人にとっての問題点
・ 日本人の英文のミスの中で、意思伝達上大きな障害と思われるものを大別し、重要なものから順(descending order of severity)に取り上げてみると、次のようになる。
1、冠詞と数の意識の問題
2、前置詞句(英語には前置詞がきわめて多く、非常に微細な区別がつけられるため、トラブルメーカーになる)
3、Tense(日本語にはtense自体がない)
4、関係代名詞
5、受動態(論文で受動態が使われすぎている)
6、論理関係を表す言葉(thereby, accordingyなど、日本と英語の感覚の違いから使い方に問題が生じる)
1、冠詞と数の意識の問題
- "Last night, I ate a chicken in the backyard."という表現は冠詞に関する代表的な誤りである。"a(an)"の使い方に対して、日本の英文法書では「名詞にaがつくかつかないか」「名詞にaをつけるかつけないか」の問題で取り上げるのが普通であるが、これは誤解を招く言い方である。
- しかしa(an), theといった冠詞は、その有無が一つの論理的プロセスの根幹となるもので、名詞につくアクセサリーのようなものでは決してないのである。
- 冠詞は「意味的カテゴリー」をもち、aは「共通単位性をもつもののグループから、一つの」という意味と考えてよい。名詞がaのカテゴリーに入っているとすれば、そのカテゴリーの共通単位性が必ず存在しているはずである。逆に、aのカテゴリーに入っていない名詞には、その単位性がない理由があるはずである。
2、前置詞句
- "by" ×The cranes were observed by binoculars. (双眼鏡に観察された)なぜ誤りかというと、"by"は動作主を導くからであり ○The cranes were observed (by us) with binoculars.が正解。
- "in"と"on"の一貫の論理→"in"は中、"on"は表面。 例えば、"He build a second home on the ocean in Hayama." 別荘は、海に対して単に臨んでいるので、"on"となる。
- ではなぜ"get in the car"に対して"get on the train"というのか。ここでも論理は一貫しており、実はこれは乗る人と乗り物との運転との意識の上での距離の問題である。つまり、airplaneやship、busに乗る場合、乗る人は一人の乗客にすぎず、運転には特に影響を及ぼさない。よって運転と自分との間のつながりが表面的であるため、"on"が使われる。
中学生のときから私が抱いていた一つの疑問が解決しました。前置詞の論理の一貫性は信頼できますね。
- "out"は三次元関係を表し、動詞に「立体感のあるものの中から外へ」、"off"は二次元関係を表し、動詞に「あるものの表面から離れて」という意味を与える。例えば、"Clean out your desk !"(机の中をかたづけなさい。) "Clean off your desk !"(机の上をかたづけなさい。)となる。
- "over"は回転の中心となる軸が水平で、"around"はその軸が垂直である。寝返りは"turn over"でバレエのような一回転は"turn around"である。他にも、"get over A"は「Aを飛び越える」で、"get around A"は「Aをかわす」。
イメージで捉えると前置詞ってこんなにも簡単で面白いんですね。将来生徒に伝えたいことの一つです。(前置詞、もっと勉強しないと...)
3、Tense
- 点と線で捉えることが大切。詳しくは以下の本を(笑)
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表現のための実践ロイヤル英文法 [単行本]綿貫 陽 (著), マーク・ピーターセン (著) |
4、関係代名詞
- より英語らしい、自然な流れをもつ英文、あるいは、著者の考えがより洗練されて聞こえる英文を書くために、関係代名詞がかなり役にたつ。その際に気をつけることは、どの語が先行詞かを明確にすること、つまり先行詞と関係代名詞が離れすぎないようにすることである。
5、受動態
- 日本の論文には受動態が多すぎる。英米の論文の書き方を倣ってこの流れが起きているが、今は英米で受身の文を排撃する動きがある。
- 受動態の文の中には主語をぼかして責任逃れをしている印象を与えてしまうものもある。
- 受身の文のもうひとつのマイナス点として、主語とその述語が離れすぎてしまいやすいという問題がある。例えば"In 1952 the invention of a perceptual motion machine, which has been the dream of inventors for centuries, by a farmer in Gumma Prefecture using sake lees as a lubricant, was reported by him."(1952年に、酒かすを潤滑油として使った群馬県の農民による永久運動機械の発明が、これは何世紀にもわたって発明家たちの夢であったが、発表された。)のような、いわゆる超ひねくれ文があるが、以下のように直せばすっきりする。"In 1952 a Gumma Prefecture farmer reported his invention, using sake lees as a lubricant, of a perceptual motion machine, which has been teh dream of inventors for centuries."
- 日本の論文で愛されている「したがって」に関して、因果関係を示す際に誤りがある。日本人の書いた英文には"Accordingly, ..."や"Consequently, ..."が圧倒的に多く、その多くは不自然な使われ方をしている。accordinglyは"in agreement with""in conformity with"(…と一致して;…に応じて)という意味が強く、「ある状態に合わせて何かをする」場合に使う。consequentlyは「結果」や「帰結」の意味合いが強く、「ある状態の結果として、何かの状態となる」場合に使う。以下の英文はその例である。"Most of the applicants have almost no practical experience with any language other than Japanese, and consequently, it has been necessary to simplify the foreign language portion of the test accordingly."(応募者の大部分は日本語以外の言葉に対しての実地経験はほとんどないので、それだけ試験の外国語科目をやさしくする必要がでてきた。)
以上簡単なまとめでした。日本人にみられる誤りを挙げた上で、それに関係する英語使用者との意識の差や、前置詞の一貫性、それぞれの単語がもつ性質を詳しく述べながらわかりやすく説明しています。
『続日本人の英語』、『こころに届く英語』をマーク・ピーターセンが続編としてだしているので、ぜひ読んでみてください。私もまだ読んでいないので読んでみます。
もし英語の性質をもっと詳しく、一気に知りたい方はさきほど挙げた『表現のための実践ロイヤル英文法』をオススメします。





昨日のゼミで話題になり、丁度気になっていました。
返信削除冠詞については全く同意で、私たちの冠詞に対する考え方は名詞の前に申し訳程度につけておくくらいです。(特に近年の教科書では冠詞にフォーカスが当たっておらず、冠詞をとりあげる機会もあまりないのではないかと思います。)しかし、ネイティブの先生とお話をさせてもらった時に、日本人の英語の添削をしていて気づくのは、英語が「できる」人は冠詞が自然である、とおっしゃっていました。
冠詞の習得にはやはり明示的な指導、論理的思考が関与する部分が大きいと思うので中学では難しいと思いますが、いかに取り上げていくか(しかも英語嫌いにさせない程度で笑)が今後の私たちが考えるべき箇所なのかもしれませんね。
mochi君の発言にはいつも良い刺激をいただいています。
返信削除冠詞は日本の英語教育において比較的軽視されているものです。実のところ私の中でもその重要度は低く、その誤りはlocal errorの典型例くらいにしか捉えていませんでした。しかし、冠詞について上記の『実践ロイヤル英文法』といったピーターセンの著書で勉強するうちに、それは日本人が陥ってしまいがちな実につまらない考え方だと思うようになってきました。
冠詞を「名詞にくっついている煩わしいもの」でなく「冠詞、ゼロ冠詞があってその後ろにくっついてくる名詞」という捉え方で英文をみてみようかなと。指導法についてはまた冠詞を勉強しつつ考えていかなければなと。それに関してまたmochi君の考えを聞かせてくださいね。
わたしはこの手の「細かい」ルールの把握が元来好きではありませんでした。というのも、これらの文法のルールは、多少異なっても、文の大意は伝わると考えていたからです。ブログを読んでいく中で、前置詞の違いや、受動態等の動作主のミスは大きなグローバルエラーを引き起こしてしまうと感じました。
返信削除日本人が間違えやすいミスを教師が知っておくことは重要だと考えます。学習者に知識を伝える際に、どういう部分を力を込めて伝えなければいけないかを把握しておくことは、有益だと考えます。このような考え方は、誤答分析によって、習得されにくい部分を調べ、特にその部分に力を注いで、刺激と反応と強化を繰り返す行動主義と近い部分があります。
しかしながら、これらを教師が伝えた所で、学習者の発達段階次第で、習得は極めて不可能に近い項目も存在するようです。発達段階次第で、どれだけ練習しても、無意識の産出では間違ってしまうために、目をつぶろうと考える場合もあるようです。(確か、田尻先生がおっしゃっていたのですが、冠詞や三人称単数のsは中1で教えられるが、使えるようになるのは虫3くらいで、そこまではあまり評価しない、らしいです。記憶違いだったらすみません。)
物事には優先順序があります。これらの6つを踏まえた上で、教師が何を大切に伝えていくか考えていく、なんて、それはそれでいいことなのかもしれませんね。(ただし、日本人が引き起こしがちなエラーを、知らないのと知ってるのは大違いだと思いますので、現場の教師は知っておく知識だと感じました。)
コメントありがとうございます。
返信削除上のような項目を教えることが許されるのは、英語好きの学習者、あるいはある程度レベルの高い大学に進学できる(忍耐力のある)学習者にだけだと思います。
というのも、寺島隆吉先生との懇親会で、困難校や底辺校といわれる学校の生徒には、英文法の規則を羅列して覚えさせる教授法ではこちらを向いてくれない、と知ったからです。そういう教授法は、英語をつまらないものにしてしまう可能性が大きいです。
文法を横一線の羅列ではなく、教授内容に優先順位をつけ、内容を絞って教えなければなりません。寺島先生は英文法指導の際、英文法の「幹」を教え、そこから全て発展させていくそうです(『英語にとって文法とは何か』(あすなろ社)参照)。彼は科学史、自然科学分野出身の方だからそういう考えを持っておられる。
しかしkikkawaさんがおっしゃるように英語教師が上記の文法事項を知っておくことは必要ですね。英文法に未熟な私は、もう一回しっかりと『ロイヤル英文法』を見直さないといけないなあと...(汗)